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手を繋ぎませんか?
この国の平和憲法が根幹から変えられようとしています。信教の自由すらも危うくなる危険性があります。キリスト者として黙しているままで良いのでしょうかと大きな疑問を持っています。

平和を作り出すものは幸いである。とキリストが語られているように、平和を作り出すということは、身の回りから始まると同時に自分たちが暮らす国レベルでの平和を作り出すために声をあげていくことが求められていると思うのです。

武力を持たない、戦争はしないと言う究極的な平和の理想像を掲げている日本の憲法を守る役割を私たちキリスト者は持っていると思うのです。。。

昨日、委員会で国民投票法案が可決されてしまい参議院で可決されるのは来週。
その後は憲法改定の動きへと進んでいくことでしょう。

私たち、平和を作り出すものは幸いであるとキリストから語られているキリスト者が問われる時がきているような気がするのは私だけではないと思うのですが、どうでしょう。

できることならば、クリスチャンとしていっしょにこの国の憲法を守ろうという声をあげていきませんか?
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Comment
2007/05/17 11:07 PM posted by: ハーベスト太郎
 コメント読みました。私は法科大学院2年に在籍していますクリスチャンです。私は憲法改正に賛成です。一概に改正によって教会への攻撃があるとは思えません。もう少しわかりやすくお伝え願えないでしょうか?
2007/05/18 6:45 AM posted by: mtsept
ハーベスト太郎様コメントありがとうございました。私も憲法改正後すぐには教会への攻撃があるとは思っておりません。ただし、恐らく次の憲法となる可能性が最も高い「自民党憲法草案」によると「社会的儀礼又は習俗的行為」の宗教的行為を国や公共団体が行っても良いという旨の案が書き加えられています。私は、国家が宗教的行為を社会的儀礼の範囲内とは言えそれに加わると言うことは、戦前に国家が行った国民への社会的儀礼の範囲内におけるとされる宗教的儀礼への参加も将来的に視野に入ってくるのではないかという危惧を持っています。信教の自由が脅かされるという表現は少し言葉が過ぎる面があるかもしれませんが、私としては国家が宗教的行為に関わって良しとする憲法ができあがってしまうと、自由な信仰生活に支障を来す恐れがあるのではないかと思いこのような表現を用いてしまいました。
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